千代sendai熊野

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日本史から消された初代天皇・神武天皇と熊野速玉大社

日本書紀 巻第三 神日本磐余彦天皇 神武天皇

(訳;日本書紀の三巻に神武天皇の件がある。)

「遂越狭野、而到熊野神邑、且登天磐盾」

(訳;神武天皇は新宮市佐野に上陸し,熊野新宮で天の磐盾に登った。)

その後,紀州の山々を越え奈良に至り都を築いた。




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日本を治めた最初の豪族(天皇)はここ熊野神邑(くまのかみのむら→くまのしんゆう→)新宮から始まった。

天皇家の系統はここで始まったのである。

それが神武天皇伝説である。





神武天皇が登ったとされる磐盾の写真がこれ(上に見えるのがごとびき岩)
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しかし,この事実は政治上不都合であった。

いつの時代?誰にとって?




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それは

明治政府である。

現人神である明治天皇は死後「明治神宮」に祭られ,

大正天皇,昭和天皇,平成天皇と,

天皇家は明治天皇の子孫として

今も尚「日本の象徴」として存在している。



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徳川幕府が紀州を「御三家」として治めた目的は,

神武天皇伝説がある熊野権現を

日本第一の神社があるこの土地を

支配しておきたかったからである。



奈良時代より前から江戸時代までずっと,

2000年以上,

日本一の神社として熊野三山

「熊野速玉大社・那智大社・本宮大社」

は崇められていた。


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しかし,

明治時代に「日本書紀に書かている事実」は書き換えられ

現代に至っている。

未だに日本史の教科書では,この部分を曖昧なままにしている。

紀元前から明治維新まで続いていた

初代天皇信仰(熊野詣)は政府の都合により封印されたままとなっている。

多くの日本人がこの事実を知らないことが不憫である。


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CanonEOS5DMarkⅡ
A09 TAMRON SP AF28-75mmF/2.8 XR DiLD
A005 TAMRON SP 70-300mm F/4-5.6 Di VC USD

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